ベリルという鉱物がある。
名前だけ聞くと「なんだ?」って思うかもしれないけど、本来、無色透明のこの石に色が着くと誰もが知っている宝石になる。
この石の日本名は「緑柱石(りょくちゅうせき)」という。
なぜ、無色なのに「緑」なのか。
それはこの石にクロムイオンもしくはバナジウムイオンが入り込み、緑に発色した瞬間にエメラルドとその名前を変えるからなのだ。
さらに、青くなるとアクアマリン、ピンクになるとモルガナイト、黄色ならへリオドール、無色のままならゴシュナイトと呼ばれる。
ただし、これらの名前はすべて宝石名で、鉱物としては全部ひっくるめて「ベリル(緑柱石)」とされている。
エメラルド! アクアマリン!
こんなすごい石が日本にあるのか!
そう訊かれれば、答えはひとつ。
ある!
ベリルは確実に日本にある。
私が知っている産地は5か所。福島県、茨城県、岐阜県、滋賀県そして佐賀県。この中で茨城県と岐阜県の産地に私たちは行ったことがある。
茨城県真壁町(現桜川市)は私たちが生まれて初めて鉱物採集をした記念の地。探し方は? 道具は? まったく何も知らない状態で、とりあえず行ってみたという感じだった。
もともとここはアルマンディンガーネットの産地として有名なところ。私たちもガーネットを採集するつもりだったためベリルの存在はまったく知らなかった。
(ガーネットについては近々あらためて特集したいと思ってます)
県道から荒れ果てた林道に入る。急な上り坂のその突き当たりに数台の車が止まっていた。
道具を取り出し数分(たぶん2~3分)の道のりを歩く。砂防ダムを越えたところの小さな谷が目的の場所。すでに4~5人がスコップをふるっていた。
このとき私たちが持っていた道具は、100円ショップで買ったフルイとシャベル、そしてバケツだけ。長グツすらはいていなかった。
ところで、鉱物採集はとりあえずでもいいから現場に行ってみることが重要。このときもどうしていいかわからずに立ちつくしていた私たちに、すでに採集していた人たちが「こうやるんだよ」「こう探すんだよ」っていう感じで、みんなすごく親切にしてくれた。
その中でひとり「一緒に探しましょう」と私たちを誘ってくれた人がいた。その人に初めて「ベリルも採れる」ということを聞いたのだ。
しかも、若干ではあるが青みがかっているアクアマリンであるらしい。
ガーネットとアクアマリン。私たちはその両方に興奮し100円のフルイにガシガシ土を入れ水に沈めた。
そして見つけたアクアマリンが下の写真である。
ほとんど青がわからないけど、現物はちょーーぉっとだけ青みがかっている。
なんとなくでも青味がかっていたらアクアマリンと呼びたいのさ!
1年半後、スバラシイ秋晴れの雲ひとつないポカポカ陽気の日。採集にもだいぶん慣れてきた私たちは新たに岐阜県福岡町(現中津川市)にある産地を訪れた。
この産地は国道のすぐそば。荒れ果てた林道もなければ急な斜面もない。私たちの中でベスト3に入る楽な産地だ。
車を停め森のなかを進む。進むといってもベリルのあるその場所までしっかり道がついている。藪をかき分ける必要もなく、私たちはほんの数分でポイントにたどり着いた。
そこはじっくり探せば必ず大きな結晶が見つかる気配があった。
そしてたぶん本当に見つかっていただろう。
ん? 「~だろう」ってなに? って思ったかな。
というのは、実は私たちはそこでベリルを探すことができなかったのだ。
見つけることができなかったのではなく、探すことができなかったのだ。
なぜなら、そこには森の守り神がいたから。
…… 蚊 だった。
おびただしい数の蚊が私たちを取り囲んだ。
息をすると鼻の穴に蚊が飛び込んでくる。
プーンという音が耳元で……どころではなく、耳のなかでゴソゴソ、ひーっ!
とにかく逃げなければ。
取るものもとりあえず、私たちは森から走り出た。
たぶん10分もいたら確実に全身の血が吸いつくされていただろう。
車のところにまで戻った私たちはお互いに服や髪の毛をパタパタし、蚊がいないことを確認してようやく安心した。
しかし、私たちの顔はまるで夏みかんのようにデコボコになっていた。
そういうわけで、まったく採集できる状態ではなかったのだが、なんと驚いたことにカミさんが右手に石を握りしめていた。
ぜんぜん余裕のなかった私に対し、カミさんは逃げ出すそのとき足下にあった石を2~3個つかんでいたのだ。
そしてその石にはしっかりベリルがついていた。
それがこれだ!
ごちゃっとついているのは全部ベリル。
やはり写真ではわからないが確実に青い。これも立派なアクアマリンだ。
1本1本はシャーペンの芯ほどに細いけれど、私たちにとってこれほど貴重なベリルはない。
この日、私たちはまたひとつ山の恐ろしさを知ったのだった。
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おまけ。
これは、宝石店でレッドエメラルドとして売られている石。宝石店以外ではまぎらわしいということでレッドベリルと呼ばれている。
このレッドベリル、世界で1か所アメリカのユタ州でのみ産出している希少品。しかも枯渇寸前らしい。もしかしたらすでに絶産しているかも。
もし、見つけることができたらラッキー。小さなものなら5000円くらいから手にはいると思う。
そうそう、エメラルドってまだ日本では見つかっていないことになっているんだけど、私は産地で緑のベリルを見たことがあるぞ。
もしかしたら、専門家に知られていないだけで、エメラルドはすでに発見されているのかもしれないな。
第8回のコラムで石川県小松市の紫水晶(アメジストまたはアメシスト)について書いたのを憶えてる?
あのときは、キレイな紫水晶を見つけることができずに終わったんだよね。
ところが、先日、ついに見つけたんですよ、同じ場所で。これぞ紫水晶というキレイな水晶を! しかも、大きい。
こんな立派な紫水晶、私たち自身も初めて!
形はよく売られているようなものとはちょっと違うけど、これが小松の水晶の特徴なんだよね。
さて、紫水晶の報告から始めてみましたが、前回から引き続いての水晶特集、今回は「色のいろいろ」。
水晶は無色透明が本来の色だけど、日本では飛鳥時代から紫は高貴な色とされ、冠位十二階でも最上級の色だったってこともあってか、どうにも心ひかれる。
この紫水晶、日本でも数カ所で見つけることができる。
「ここだ!」と場所を特定するようなことは書けないけど、近くに「金や鉄、もしくは銅」を採掘していた鉱山跡がある人はぜひ探しに行ってみよう。
水晶は成長するときに若干の鉄イオンが混じることによって紫色を帯びるから、金属を採掘していた鉱山付近の水晶は鉄イオンで紫になっている可能性が高い。小松の紫水晶産地ももともとは銅鉱山だったんだ。
「そんなところ近くにないよ」と思っても、実は忘れられているだけでお年寄りに聞いたり古い文献を探してみると意外と近くにあったりする。もしかしたら誰も知らない自分だけの紫水晶を見つけることができるかもしれないよ。
(もし見つけたら、こっそり教えてください)
続いてはシトリン(黄水晶)。
シトリンは天然にはほとんど見つからない。ないことはないんだけれど、紫水晶と同じ鉄イオンによる発色だから、ほとんどが紫になってしまい、黄色にはめったにならない。
よって、多くは色の悪い紫水晶を加熱処理して黄色に変色させている。写真のシトリンももしかしたらもともとは紫をしていたのかもしれない。
シトリンは過去においてインペリアルトパーズに色が似ていることから、シトリントパーズという「トパーズ」として大々的に売られていたことがある。いまはもうそんな売り方をしているところはない(はず)。
それでも、当時のなごりでルビーやエメラルドと並んで売られていることが多い。それに、まだシトリンをトパーズだと思っている人もわずかではあるけれどいる。もしそんな人を見かけたら、その人のためにも(こっそり)教えてあげよう。
次、ローズクォーツ(紅水晶)。
この石の色の原因はまだよくわかっていない。一説にはチタンとアルミニウムイオンが原因ともいわれていて、また微細なルチルが入っていることもある。
この石の最大の特徴は、めったに結晶にならないってことだろうな。
固まりとしてのローズクォーツやビーズになっているものならばよく見かける。ポイントが欲しいと思っても結晶にならないんだから、固まりから削りだした加工品しか手に入らない。
なぜ? という理由もよくわかっていない。今のところローズクォーツはそういうものだと思っておくしかない。
よって、もし写真のような天然結晶を見つけたら、ちょっと値が張っても手に入れるべきだと思う。
さて、次はちょっと趣向を変えて煙水晶(スモーキークォーツ)と黒水晶(モリオン)。
不思議な魅力を持つ、この水晶は基本的には同じもの。アルミニウムイオンによって黒くなっているこの水晶に光を当て、透過したら煙水晶、しなければ黒水晶とよぶ。
黒水晶は本当に真っ黒で好みの分かれるところ。光を透過しないその黒さっぷりはまるで水晶の形をした石炭のよう。
下の写真は今年岐阜県で採集した変わった煙水晶。
透明な水晶の中に煙水晶がいる。白いツブツブは長石だといわれている。
始めに煙水晶ができあがり、その後、大規模な地殻変動があったに違いない。その上に透明な水晶が覆い被さった感じ。
初めて見たとき、「どこかにそっくりな和菓子がある」と思った。この水晶に正式な名前はついていないけど、私たち採集家は「南洋美人」とよんでいる。
……なぜ南洋? 黒いからかな?
ここまでちょっと難しいけれど、イオンなど原子のレベルで色の原因があるものを取りあげてきた。
続いては、内包物(インクルージョン)による着色について。
写真はこれも岐阜県で採集した緑水晶。
この緑の原因は灰鉄輝石(かいてつきせき)という緑の鉱物。この産地で採れるすべての水晶は母岩としている灰鉄輝石の細かい繊維を内包していて、それが緑の原因になっている。
だから前回のルチルクォーツなんかと一緒に紹介してもよかったんだけど、あまりにも灰鉄輝石の繊維が微細なため、一見インクルージョンによるものとはわからないんだよね。
最後にもうひとつ、レモン水晶(レモンクォーツでいいのかな)。
写真のレモン水晶はあんまりレモン色っぽくないけど、とんでもなく真っ黄っ黄のものもある。
「それってシトリンなんじゃないのー」と思われる人もいると思うけど、そこはやはり違いがある。
このレモン水晶の黄色はインクルージョンとして入っている硫黄(いおう:サルファー)の色。シトリンとは発色の原因が根本的に違うのだ。
上の写真が硫黄。レモン水晶はまさしくこんな色。
その他に色のついた水晶というと、赤水晶とか青水晶がある。赤水晶はヘマタイトや酸化鉄が表面もしくは内部に入り込んで赤くなったもの。
特にヘマタイトで赤くなった水晶のうちキレイなものをタンジェリーナってよんでいる。また同じ理由でレッドアメジストという水晶もある。
青水晶は、インクルージョンであるインディゴライト(青いトルマリン)の色。
どれも、インクルージョンによる色なんだね。
おおざっぱだけど、色の種類はこのくらいだと思うんだ。
まとめてみると、発色の原因はふたつ。水晶自体がその色になるイオンによる発色と、透明な水晶に別の鉱物が入り込むインクルージョンによる発色。
そこで誰もが気になることは「天然か着色」かということ。シトリンが着色なのは、その絶対的な数の少なさから仕方がないかなとも思う。
煙水晶も世界的に見れば多く産出しているわけではない。だから、やはり着色がある。
白い水晶に放射線を当てることによって黒くなるんだけど、結晶の根元までは黒くならないらしい。よって、根元が白いものは着色の可能性がある。
しかし、天然かどうかを見分けられるのはこの程度、その他は専門家でも見分けはつかないだろうな。
着色でもキレイなものはある。そこに価値を見いだす人がいたって何の問題もない。要は着色のものは着色だとわかったうえで買えるかどうかだね。
2回にわたった水晶特集だけど、どうかな少しは参考になったかな。
もちろん紹介した以外の水晶もまだまだたくさんある。気になる水晶があったら気軽に質問してね。もちろん石に関することならなんでもOKだよ。待ってるからね。
それでは再度プレゼントのお知らせです。