「8月といったらラピス・ラズリよね」
は?
夕飯を食べていたとき、カミさんが突然脈絡のないことをいいだした。
まあ、確かに8月にはなるのだが、「だからラピス」っていうのは、ちょっと飛躍しすぎていないか?
カミさんがいうには、「8月といったら夏休み。夏休みといったら天体観測。天体観測といったら夜空。夜空といったらラピス・ラズリ」なんだそうだ。
まあ、こういわれると、一概に間違ってもいないかなとも思うけど、それじゃあ一年中ラピス・ラズリでもいいんじゃないのか?
そういうと、「ううん、冬の星座もキレイだけど、やっぱりラピスっていうと夏なの」という返事。
やっぱり主観でしかないのかという感じだが、「見える星座の少ない春と秋」だけは、少なくとも「ラピス・ラズリ」ではないらしい。
日本名で瑠璃(るり)という濃紺の地に金色の星が輝いているこの石は、濃紺の部分がラピス・ラズリの本体であるラズライト(青金石:せいきんせき)。金色の粒がパイライト(黄鉄鉱:おうてっこう)である。
ラピスはこの濃紺の部分が濃ければ濃いほど価値が高くなる。パイライトはどれだけ入っていても価値に変化はない。
なかには雲のように白いものを含んでいるものもあるけど、それは長石もしくは方解石であって、色が薄くなるためあまり歓迎されていない。
そんなラピスのもっとも有力な産地はアフガニスタン。過去にはシルクロードを通ってヨーロッパや日本に伝わっている。
(シルクロードはラピスロードと呼ぶ方が相応しいという人もいる)
話は変わるがカミさんはエジプトが大好きである。まだ独身だったころに行ったエジプトの話を今でもしつこいくらいに聞かされる。
そのなかにラピス・ラズリが出てくるのだ。
それはカイロ博物館に展示されている「ツタンカーメンの黄金のマスク」。
それに使われているラピスのことである。このラピスもアフガニスタンから持ち込まれたもの。
その「マスク」は黄金でできているということばかりが有名だが、それ以外にカーネリアン、トルコ石そしてラピス・ラズリが使われている。
とくに、ネメス(頭を覆っている頭巾)の部分は黄金とラピスが交互に使われていて、ラピスの方が黄金よりも目立つくらいだ。
ところで、古代エジプトにおける最高の神は太陽神「ラー」といわれている。黄金の輝きは太陽の輝きと結びつけられきわめて貴重なものだったという。
ということは、きっとラピスにも大きな意味があったのではないだろうか。
カイロ市内にしばらく滞在した後、エジプト南部のアブシンベルを訪れたカミさんは、もしかしたら「これかもしれない」というものを自分なりに見つけていた。
「街もない、何もない、人間もいない砂漠の空は濃紺なのよ。ラピスの色なの!」
「だから、あのラピスは空をあらわしているのよ!」
なるほど!
ならばあのネメスは古代エジプトの世界そのままではないか。
濃紺の空に太陽。常に「ラー」とともにあれるようにと考えたのではないのだろうか。
そうなのだ、ただ美しいからというわけではない。それぞれが深い意味を持って使われているのだ。
濃紺の空、ラピス色の空。それはまさしく宇宙の色。
カミさんは灼熱の砂漠でそれを見たからこそ、ラピスに夏の夜空を見るのだろう。
何もない砂漠の空の下、古代エジプト人は、そしてカミさんは無限に広がる宇宙を感じていたのかもしれない。