今回はカミさんがトラウマになってしまった出来事です。
虫が嫌いな人は、ハッキリいって読まない方がいいかも……。
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お盆になり夏休みもすでに後半。
この夏、初めて宝探しに挑戦された方もたくさんいるんじゃないかな。私たちもいくつかの産地で、初めてっていう人たちと何回か一緒になったよ。
でも、鉱物採集は山の中に入っておこなうことが多い。何も考えずに入って行ってしまうとひどい目にあってしまう。
昨年の夏、カミさんが恐怖のあまり泣き叫ぶ事件が起こってしまった。
それは岩手県久慈市に琥珀(こはく:アンバー)を採集しに行ったときのこと。
琥珀の含まれている地層を確認しようと林道に車を進めたところ、コツンコツンと何か小さなものが車にぶつかってくる音がしだした。
しばらくは気にしないで走っていたのだが、途中で私がトイレに行きたくなり車を停め外に出た。その瞬間、私は恐怖を見たのだった。
車全体がアブに覆われていた。
アブは熱や色に反応し血を吸うために群がってくる。コツンコツンという音は走っている車にアブが突進してきていた音だったのだ。
一瞬にして私はアブに覆われてしまった。
「イテッ、イテッ!」
皮膚が露出しているところはもちろん、服の上からもアブは私のからだを噛んだ。
もうトイレどころではない。急いで車に戻ろうとしたとき、その中から悲鳴が聞こえてきた。
何十匹ともしれないアブがカミさんにたかっていた。
車を降りたとき、私と入れ替わりにアブが入り込んでいたのだ。
早くカミさんを助けなければ。だが、ドアを開けた瞬間またアブが侵入すること必至。
しかし、ここにじっとしていてもアブは増えるばかり。とにかく一秒でも早くこの林道を脱出しアブのいないところに逃げなければならない。
覚悟を決めドアを開ける。
「ぎゃーーーーっ!!」
カミさんはさらに大きな声で泣き叫んだ。
普段とても大切にしてるドン・ケローネというカエルのぬいぐるみを振り回しアブを追い払おうとするカミさん。しかし、彼女の頭には無数のアブがたかっていた。
林道を抜け民家の建つところまで来たとき、ようやく車のまわりにアブはいなくなっていた。
車を停め窓を全開にする。カミさんはそのぬいぐるみを顔に押し当てたまま固まっていた。
山に入るときクマに対する注意は個人個人十分考えていると思う。またクマも進んで人間に近づいて来ることはない。しかし、アブはお構いなしなのだ。後から後から限りなく襲ってくる。
この時以降、私たちは極力8月には山に入らないことにした。
ところがこのアブ、関東地方や中部地方の太平洋側にはあまりいないように思う。理由はわからないけど、ほとんど見かけない。
トパーズを探しに行った岐阜県中津川市にもほとんどいない。
ちなみに富山県はスゴイよ。
さて、アブの話ばかりしていてもしょうがない。問題の琥珀はどうなったのかというと、翌日、岩手在住の石友に案内してもらい、海岸に露出している8500万年前の地層から採集することができました。山と違って海岸にアブは一匹もいませんでした。
なんて、かなり簡単に書いちゃったけど、琥珀って日本ではここ久慈市周辺でしか採れない超貴重品なのだ。
んー、「しか」っていうとまた苦情が来そうだな。
いちおう琥珀自体は日本全国で見つけることができるけど、それらはみんな小さくてキレイでない。宝石店に並んでいるような、大きくてキレイで実際にジュエリーとして販売されている琥珀はここ久慈周辺で「しか」見つけることができないということ。しかも、めったに見つからない超希少品でもある。
世界的にはバルト海のレッドアンバー。ドミニカのブルーアンバーが有名。どちらも色的に珍しく、ブルーアンバーは太陽光で蛍光して青くなっているんだけど、そうでない一般的な飴色の琥珀の方が、暖かい感じがして私は一番好きだ。
ところで、琥珀とは太古の針葉樹や広葉樹の樹液が長い年月をかけて固まったものである。宝石ではあるが真珠やサンゴと同じ有機質宝石。しかも植物が作り出したものであって「石ではない」ことが最大のポイント。こんな宝石は琥珀以外にない!
さらにその場にいた虫を取り込んでいるものもある。それらは「虫入り琥珀」と呼ばれ非常に珍重されている。
琥珀の最大の特徴というと、やっぱりその「軽さ」じゃないかな。それはもう軽い軽い。普段から天然石の重量感に慣れていると、軽すぎてビックリしてしまうかもしれない。
どのくらい軽いかというと、真水には沈むけど海水には浮いてしまうくらい。それって、むちゃくちゃ軽いってことでしょ。
採集したとき、波打ち際の地層からも見つけたんだけど、取り出しに失敗してポロッと手からこぼれると波に乗ってどこかへ行っちゃう。石だったらその場にいてくれるからまだいいんだけど琥珀はダメ。あっという間にいなくなる。だから取り出すときは相当緊張してしまった(こぼすとカミさんが怒るから)。
そんな努力の甲斐あって、人様に十分自慢できるくらいの琥珀を採集し大満足だったのでした。
それにしても海岸に琥珀だなんて、いいな岩手県。また行きたいな。
その後、しばらくカミさんは家の中にいても、耳元で「(ブーンという)音がする」といってビクビクしていた。そして1年経った今でも、たまに夢を見てうなされている。
「8月といったらラピス・ラズリよね」
は?
夕飯を食べていたとき、カミさんが突然脈絡のないことをいいだした。
まあ、確かに8月にはなるのだが、「だからラピス」っていうのは、ちょっと飛躍しすぎていないか?
カミさんがいうには、「8月といったら夏休み。夏休みといったら天体観測。天体観測といったら夜空。夜空といったらラピス・ラズリ」なんだそうだ。
まあ、こういわれると、一概に間違ってもいないかなとも思うけど、それじゃあ一年中ラピス・ラズリでもいいんじゃないのか?
そういうと、「ううん、冬の星座もキレイだけど、やっぱりラピスっていうと夏なの」という返事。
やっぱり主観でしかないのかという感じだが、「見える星座の少ない春と秋」だけは、少なくとも「ラピス・ラズリ」ではないらしい。
日本名で瑠璃(るり)という濃紺の地に金色の星が輝いているこの石は、濃紺の部分がラピス・ラズリの本体であるラズライト(青金石:せいきんせき)。金色の粒がパイライト(黄鉄鉱:おうてっこう)である。
ラピスはこの濃紺の部分が濃ければ濃いほど価値が高くなる。パイライトはどれだけ入っていても価値に変化はない。
なかには雲のように白いものを含んでいるものもあるけど、それは長石もしくは方解石であって、色が薄くなるためあまり歓迎されていない。
そんなラピスのもっとも有力な産地はアフガニスタン。過去にはシルクロードを通ってヨーロッパや日本に伝わっている。
(シルクロードはラピスロードと呼ぶ方が相応しいという人もいる)
話は変わるがカミさんはエジプトが大好きである。まだ独身だったころに行ったエジプトの話を今でもしつこいくらいに聞かされる。
そのなかにラピス・ラズリが出てくるのだ。
それはカイロ博物館に展示されている「ツタンカーメンの黄金のマスク」。
それに使われているラピスのことである。このラピスもアフガニスタンから持ち込まれたもの。
その「マスク」は黄金でできているということばかりが有名だが、それ以外にカーネリアン、トルコ石そしてラピス・ラズリが使われている。
とくに、ネメス(頭を覆っている頭巾)の部分は黄金とラピスが交互に使われていて、ラピスの方が黄金よりも目立つくらいだ。
ところで、古代エジプトにおける最高の神は太陽神「ラー」といわれている。黄金の輝きは太陽の輝きと結びつけられきわめて貴重なものだったという。
ということは、きっとラピスにも大きな意味があったのではないだろうか。
カイロ市内にしばらく滞在した後、エジプト南部のアブシンベルを訪れたカミさんは、もしかしたら「これかもしれない」というものを自分なりに見つけていた。
「街もない、何もない、人間もいない砂漠の空は濃紺なのよ。ラピスの色なの!」
「だから、あのラピスは空をあらわしているのよ!」
なるほど!
ならばあのネメスは古代エジプトの世界そのままではないか。
濃紺の空に太陽。常に「ラー」とともにあれるようにと考えたのではないのだろうか。
そうなのだ、ただ美しいからというわけではない。それぞれが深い意味を持って使われているのだ。
濃紺の空、ラピス色の空。それはまさしく宇宙の色。
カミさんは灼熱の砂漠でそれを見たからこそ、ラピスに夏の夜空を見るのだろう。
何もない砂漠の空の下、古代エジプト人は、そしてカミさんは無限に広がる宇宙を感じていたのかもしれない。